車谷長吉

車谷長吉「贋世捨人」

本は西行鴨長明吉田兼好松尾芭蕉など、世捨てに生きた人の著作、及びその周辺の研究書であった。私の一番の関心は、これらの人がいかにして飯を喰うたか、ということにあった。世捨人になって飯を喰うて行くということそれ自体が、矛盾なのだ。

西行はうちのお袋が言うたように、荘園の百姓に働かせておいて、その上がりで自分は好き勝手行動し、無一物が一番ええ、というような歌を詠んだ男である。下司などは、人間の内には算えていなかったのだろう。また長明も兼好も貧乏が好きで、そういう窮乏生活を経験した人だが、併しこの人たちも下級貴族であって、して見れば、下級とは言え、貴族である以上、なにがしかの所領からの上がりはあったのだ。だから餓え死ぬところまでは行かなかった。

車谷長吉「文士の魂」

世捨人の文学とは、贅沢さえしなければ、最小限喰うて行くには困らない金や家があること、つまり世俗のただ中に出て働く必要がないこと、知的センスがあること、無常観というようなものがその底にあることなどが特徴として挙げられる。これはいにしえの世捨人・西行吉田兼好などにも通ずる条件である。