ベルギーの「ヨーロッパ文芸翻訳家コレージュ」

ジャン=フィリップ・トゥーサン「セルフポートレート」あとがき(by 野崎歓)

「本書の翻訳作業を、訳者はまったく例外的と言うべき恵まれた条件のもとに進めることができた。」
「ベルギーに「ヨーロッパ文芸翻訳家コレージュ」という施設があって、そこに2000年夏、ぼくの本の訳者たちを招待しようという企画があるんだ。ついてはぜひきみにも来てほしい。そんな話をトゥーサンがしてくれたのは、99年の冬彼が東京に来たときだったろうか。」
「とにかく宿泊も食事もただ、滞在中に翻訳の仕事をすれば日当まで出るというトゥーサンの説明に惹かれるがまま、参加申し込みの手続きを取ったのだった。」
「トゥーサンが強調していたのは、その場所がスネフ城というお城の一郭で、実に快適な環境を提供しているということ、そして期間中は専属のシェフが腕をふるってくれるので、料理の質には期待していいということだった。さて実際に出かけてみて、たちまちのうちに理解できたのは、そこが翻訳家にとってこれ以上望めない夢の空間であるという事実だった。」
「朝は好きな時間に起き出して、食堂でめいめい勝手にパンやヨーグルトにありつく。昼は庭のパラソルの下で猫たちを眺めながらサラダ主体のビュッフェ。そして夜は六時ころから三々五々ビールを飲み始め、やがてアペリティフキールが出て、そしてディナー。自他ともに認める「料理の詩人」クロードの凝りに凝った、しかも重くなく食べやすい食事が供され、ワインの栓が抜かれ、やがてコニャックやアルマニャックのビンを持ち出す者も現れて、いつしか真夜中の酒宴に移行している。」
ラブレーが描いた理想の僧院のモットーをもじって、「汝の欲するところをなせ(訳せ)!」というのが、この翻訳家コレージュの銘なのである。ベルギー文学に関する翻訳を出版社と契約しており、その仕事を持ってきていることが受け入れの基本条件なのだが・・・・」
「自由に、好きなように滞在を楽しみ、自然に親しみ--城の広大なフランス庭園には野ウサギが走っている--、適当に仕事をすればいい。」
「そんなゆとりある、そして知的刺激に満ちたコレージュの創立者は、エンリスト・ブロッホの大著「希望の原理」仏訳でヨーロッパ翻訳賞に輝いた翻訳家にして、ベルギー翻訳家高等学院教授のフランソワーズ・ヴュイルマール女史。」