次の10年はどういう時代か?

JTPA Silicon Valley Tour 2005 Springが3月中旬に開催され、ツアー参加者からの感想がアップされた。
http://www.jtpa.org/event_report/000282.html
ツアーはこれが第3回で、今後も継続して企画していくので、興味のある人はJTPAサイトからメーリングリスト登録して、次回開催のお知らせを待ってください。ツアー参加者の同窓会も組織していて、なかなかいいネットワーキングの場になり始めているようであるので、奮ってご参加を。
僕も期間中、約1時間半のセミナーを行なった。
ツアー参加者からメールで届いた感想を読んでいたら、

20代半ば(1980年生まれ前後)の人たちが、キャリアとして大きな成功を得られるか否かは、自分が2010年から2030年くらいの間に自分が何ができるか、ということにかかる。ちなみに、僕の場合は1960年生まれなので「1990年から2010年」という期間が極めて重要で、キャリア形成という意味では、その間に時代の流れとシンクロできたことが大きかった。
だとすれば、2010年から2030年という時代がどういう時代であるのか、ということをいつも意識して考えることが必要だ。そのためには、歴史はこれまでどういう風に動いてきたのかということから、これからの10年がどうなっていくか考える癖をつけるといい。
「自分はこれをやる」と内面から湧き出すものがある人は別だが、普通は、時代の大きな流れの中でどういう役割が果たせるのか、ということのほうがキャリアにおいては重要になってくるからだ。

僕が話したこんな内容が、参加者の皆さんの頭にしっかりと残ったようなので、よかったなと思う。

これまでの10年とこれからの10年

さてIT産業、ネット産業においての「次の10年」を考えるために、10年前の1995年と今を比較してみる。
1995年といえばインターネット時代の到来期だが、それから10年経っているということは、もう既に1995年に始まったパラダイムとは違うパラダイムで「次の時代」が実は動き出しているということである。そこが何かを見極めることが大切である。
1995年と今を比べた圧倒的な違いは何か。次の3点に集約されるのではないかと僕はいま考えている。

当たり前のように思われるかもしれないが、奇をてらった新規性では10年がかりの大きな流れを作る要因にはならない。95年のパラダイムは「Windows95とナローバンドつなぎっぱなしのインターネット」という新環境で何ができるかという勝負で、1995年にはヤフー、アマゾン、eBayらが創業された。
それから10年でいちばん変わった第一のポイントは、「ITのコスト構造」の問題である。「3年で4倍」のムーアの法則があらゆる領域で10年続くことの凄さということがなければIT産業がどれほど退屈なものになっているだろうといつも思う。特にこの10年のストレージ分野での価格低下はものすごかったし、その傾向がこれからさらに続いていく。ムーアの法則の恐ろしいところは、10年か15年くらい価格性能比向上が着々と連続的に進んだところで、コンピューティング・アーキテクチャ全体に不連続で破壊的な変化をもたらすところである。そういうことがこれから起こる。
エンタープライズ分野がいちばん遅れて変化するだろうが、SOAとかASPとかそういうことを、この10年何も起こらなかったからといってバカにしてはいけない。
http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/?word=Burnham%27s+Beat&cname=
Burnham's BeatというBlogで、10回に分けて「Software's Top 10 2005 Trends」という連載が書かれた。ブックマークに全部クリッピングしておいたので、ここからたどってください。彼が挙げるキーワードの第1位がXML、第2位がOpen Source、第3位がSoftware As A Service、第4位がService Oriented Architectures、第5位がMessage Aware Networking。皆、今日の議論と深く関係している。第5位についてはGenpakuさんの解説も合わせてご参照。
http://d.hatena.ne.jp/Genpaku/20050329/p2
Cheap Revolutionのインパクトは、まずはエンタープライズ以外の分野から先に現れる。CNET連載当時ゲストブログを書いてくれたid:naoya(現はてなCTO)の「ブロードバンド、ハードウェアの低価格化、オープンソースXML技術の到来がもたらしたもの」
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001890.html
が参考文献としていい。

サービス開発者の立場から見ると、ブロードバンドによる回線の常時接続性や帯域増加という要素よりも劇的に変化した点があります。回線コストの低下です。その下がり具合は、単に安くなったという程度のものではなく、それまである程度の企業にしか手が届かなかったような品質の製品が、わずか数ヶ月の間に突然個人の手元に届くようになったという、極端に破壊的な変動です。
数年前は、100Mbpsの光ファイバーの回線を引くなど、大規模なトラフィックを裁いている大手企業サイトぐらいでしか考えられませんでした。ところがいまや街頭で光ファイバーキャンペーンが展開されるほどの叩き売り状態。これを破壊的といわずに何を破壊的と言うでしょうか。

まさに1995年と2005年の違いを浮き彫りにしている部分である。
冒頭で圧倒的な違いの2点目に改めて「インターネット」と書いたわけだが、単にナローバンドからブロードバンドになったという意味の変化よりも、このコスト構造の変化の意味のほうがうんと大きい。「これまで10年のインターネット」と「これから10年のインターネット」は何が違うのかということは稿を改めて継続的に考えていきたい。
そして3点目がオープンソースである。これは1995年には存在しなかった概念である。むろんフリーソフト的な営みは過去からずっと文化としては存在していたが、産業を揺るがすほどのインパクトを持ちはじめたのは2000年以降、ほんのつい最近のことであり、まだその意味するところの全貌は明らかになっていない。

オープンソースの意味

オープンソースの意味を考えるいちばんいい論文は、前にもご紹介したことがあるが、Tim O'Reillyの「Open Source Paradigm Shift」
http://tim.oreilly.com/articles/paradigmshift_0504.html
である。12月ごろ、勉強のために精読し少しだけメモを作った。
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20041224/p3
興味のある人は、これをガイドに原論文を読んでください。そして、この論文は2004年6月に書かれたものなので、その後10ヶ月の変化分を加えて考えたいという人は、Tim O'Reillyが3月にEtechというコンファレンスで行ったスピーチ資料を読むといい。id:kawasaki(現はてな副社長)
http://d.hatena.ne.jp/kawasaki/20050330/1112179948
の解説を手かがりに、
http://conferences.oreillynet.com/cs/et2005/view/e_sess/6336
からプレゼンテーションをダウンロードしたらいいと思う。また、その他の参考文献は、僕のブックマークからたどってください。
http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/?word=O%27Reilly&cname=
実は、オープンソースについて面白い記事を見つけたので、このあとその解説をしようと思ったのだが、前置きが長くなってしまったので、次の機会としたい。

石黒邦宏氏に教わったアドビのオープンソースのコード

ところで数日前、友人の石黒邦宏氏に会って、いろいろなことを教わった。ちなみに石黒氏については、僕がフォーサイト誌に書いたhttp://www.shinchosha.co.jp/foresight/main/data/frst200211/fst.html
と、彼がCNET Japan連載当時ゲストブロガーとして書いてくれたもの
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001172.html
などをご参照ください。
彼から教わって面白かったのはAdobeが最近公開したAdam & Eveというオープンソースのコードのこと。
http://lambda-the-ultimate.org/node/view/563
http://opensource.adobe.com/
彼曰く、「凄いコードなんでびっくりした。凄いハッカーが作った凄いコード。ここ五年間に見たコードの中でいちばん凄かった。皆、これを勉強しなきゃ」なのだそうです。
興味がある方は、是非ソースコードを読んでみてください。

次の10年を考えるヒント

ここで取り上げた3つの要素

の話を聞いて、「いや話は面白いけれど、どの話も、無料とかコスト低下とか、儲からない話ばっかりじゃない!!! そんなのパラダイムシフトになるの?」と思った方たちはいないだろうか。日本の大企業幹部の典型的反応でもある。でもだからこそこの3要素は、産業構造を変えるパラダイムシフトを引き起こすだけのインパクトを持っているのである。

起業家精神と極度に厳格な規律が融合した仕事環境

アンディ・グローブがまもなく引退する。
アンディ・グローブは、シリコンバレー史の中で最も尊敬されるべき経営者だと言っていいだろう。
今日の題材はBusiness Week誌の1ページのコラム。題して「Andy Grove Made The Elephant Dance」
http://www.businessweek.com/magazine/content/05_15/b3928036_mz007.htm
である。

「深い危機」からの盛り返し

Next month, Andrew S. Grove, chairman of Intel Corp. (INTC ), will retire after 37 years at the company. In January, 2004, Wharton School voted him the most influential business leader of the past quarter-century -- above Bill Gates, Jack Welch, and Sam Walton. I would go further: He is also a superb model for future generations of CEOs.

アンディ・グローブという人は、時代の子ではなく、もっと普遍的な存在である。

But Grove's achievement is not defined merely by Intel's growth. Throughout his career, he demonstrated a keen ability to rebound from deep crises.

そう、まさに「深い危機」に対処して盛り返す能力を持った強い人物で、そのことが彼をして普遍的存在たらしめている。
余談になるが、彼が癌と対峙したときのことをテーマに書かれた以前のFORTUNE誌記事
http://www.fortune.com/fortune/articles/0,15114,377077,00.html
にも、アンディ・グローブという人物の性格がよく現れている。

To many men, the cure seems worse than the disease. Still, most do what they're told. But when Intel's CEO discovered that he had a tumor, he began his own painstaking investigation into what would give him the best odds - and fewest side effects.

起業家精神と規律

さて、このBusiness Weekの記事の中で最も重要な文章はこれである。

Grove had an exceptional ability to create a work environment that married entrepreneurialism with extreme discipline. He gave his colleagues a wide berth to be innovative and to anticipate the future. But he was brutal in demanding that they measure their performance every step of the way. In an era when size is critical to global reach and when speedy adaptability is essential to survival, Intel under Grove demonstrated the way to be big and nimble. It showed that elephants really can dance.

この文章をすべての経営者にささげたいと思う。
「a work environment that married entrepreneurialism with extreme discipline」(起業家精神と極度に厳格な規律が融合・共存した仕事環境)を作ったことが彼の経営者としての偉大さだということである。特にこれから起業する、または起業したての若いベンチャー経営者は、こうした意識を創業時から強く持つことがもの凄く大切だということを頭にとどめておいてほしいと思う。

ぜひ彼の著書を

彼の著書「Only the Paranoid Survive」

In Only the Paranoid Survive (1996), he describes how companies should deal with new competitors that emerge suddenly and with such force that they change the fundamental shape of an industry itself.

は、僕の座右の書である。

Only the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points That Challenge Every Company

Only the Paranoid Survive: How to Exploit the Crisis Points That Challenge Every Company

CNET Japan連載時に、この本をめぐって書いた「年月を経ても色あせないアンディ・グローブのIT産業経営論」
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/000825.html
「グローブ流経営術「変化を察知する予言者を社内に見つけろ」」
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/000849.html
もあわせてご参照ください。
また、彼の自伝「僕の起業は亡命から始まった!」についても、「「死の谷」を越えるアンディ・グローブの直感力」
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/000307.html
で少し触れたが、是非ご一読をお薦めしたい。
Swimming Across: A Memoir

Swimming Across: A Memoir

天馬、翔ける

安倍龍太郎の「天馬、翔ける」が面白かった。安倍龍太郎隆慶一郎の後継者であることは知っていたがちゃんと読んだのは初めて。頼朝と義経をめぐる物語だが、ここ20年くらいの歴史研究の成果や戦前の民俗学研究の再評価を踏まえた仮説の新しさをふんだんに含んでいて、楽しめた。
天馬、翔ける 上 天馬、翔ける 下
僕がこんな専門外の本を紹介しても、ただの感想文にしかならないけれど、楽しみとしての読書案内として、権力側が営々と築き上げてきた日本史の通説に、新しい解釈をもって挑む挑戦成果を読むと、とても元気が出てくる。
そんな観点で面白かった本を列挙します。

余多歩き―菊池山哉の人と学問

余多歩き―菊池山哉の人と学問

蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫)

蒙古襲来―転換する社会 (小学館文庫)

古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)

古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)

無縁・公界・楽 増補 (平凡社ライブラリー)

異形の王権 (平凡社ライブラリー)

異形の王権 (平凡社ライブラリー)

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

捨て童子・松平忠輝(上) (講談社文庫) 捨て童子・松平忠輝(中) (講談社文庫) 捨て童子・松平忠輝(下) (講談社文庫)