10年連続10万行の男

友人の石黒邦宏と久しぶりに会った。四年前に
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/main/data/frst200211/fst.html
という彼についての文章を書いて以来、数ヶ月に一度は話していたのだが、僕も彼も今年は忙しくて、昨日は半年ぶりに彼とランチ・ミーティングをした。彼と会うと元気が出てくる。
「この間数えてみたら、10年連続10万行、プログラムを書いていたことになるんですよ。あと何年くらい続けられるかなぁ」
前回会ったときに印象に残った彼の言葉がこれだった。同席していた若いハッカーが「年に10万行って一日平均250から300行か。土日もなしで毎日書いて・・・」
とけっこう驚いていた。ところで石黒の自信というのは凄いものがある。JTPAツアーで日本の学生たちに講演してもらったときも「オレが教えてやるんだって気持ちで、僕はシリコンバレーに来ましたからね」とさらりと言っていた。
彼は99年にシリコンバレーで共同創業したIP Infusionというベンチャーを、日本のアクセスに今年二月に売却。http://www.access.co.jp/press/060228.html
きちっとexitした。立派だ。今も同社CTOとして残り、日本とアメリカを行ったり来たりしている。
「いま、月に二回、日米を往復しているんですよ」(石黒)
「えーっ、二回はきついねぇ」
そんな会話で話が始まったが、「時差はどうなの」と僕が聞いたら「時差は気にならないですね、それは大丈夫です」と彼は言う。「君の毎日は、どんなふうに時間が流れているの、たとえば日本に行く飛行機に乗った瞬間から・・・」と尋ねた。
「いや、飛行機乗った瞬間からプログラムを書き始めますよ。気がつくと成田に着いている」
「それで東京に着くと、アクセスにまず顔を出すの?」
「いや、当日は行かないです。会社の近くのホテルに直接行って、チェックインしたら、またプログラムを書きます。普通に夜になったら寝て、朝になったら起きるって感じで、時差はあんまり感じたことがない。夕方ちょっと眠いくらいかな」
「ふーん、せっかくの日本で誰かと飲みに行ったりしないの?」
「ほとんどいかないですねぇ。それで翌日は会社に行って、いろいろと会議に出たりプログラム書いたりして、五時には会社を出ますね」
「それからどうするの?」
「ホテルに帰って、プログラムを書きます。そんなふうに五日くらい日本に居てこっちに帰ってきて・・・・」
なるほど、彼の中では、リアル世界の物理的な場所とは無関係に時間が流れているようである。そこまでいくと時差も超えられるということか。
「ところで、東京での梅田さんの時間はどう流れるわけ?」
と彼が聞く。
「僕の場合は、シリコンバレーに居るときの静かな生活とは全く違って、二ヶ月に一度東京で過ごす7-8日間で、30個から、ひどいときは40個くらいミーティングに出る。人に会い続けて話し続けるわけだ。始まりは朝食ミーティングで、食事は三食だいたい誰かと一緒に食べるよ。ホテルに夜の11時くらいまでには帰るけど、頭は覚醒し続けているから、無理やり睡眠薬を飲んで眠る。眠らないと本当に倒れるからね。それで朝は4時か5時頃起きて、勉強して仕事の準備をして・・・と、そんな感じだから、一週間以上は身体がもたなくて、こっちに帰ってくるとしばらく寝たきりだな。最近、戻ってからの時差の調整に一週間はかかるようになったよ。もうこういう生活もあと五年くらいしかできないなぁ、と最近感じるよ」
「それ、身体にめちゃくちゃ悪いじゃない、大丈夫? 信じられないなぁ」
彼は言う。彼の時間の流れ方を僕は想像できないし、僕の時間の流れ方を彼はイメージできない。でも、お互いプロとして、彼も僕も、こんなふうにそれぞれの生き方をもう十数年続けているわけだ。陳腐な言い方になるが、継続が力なりというわけ。
そんな彼に「ねぇ、こいつは凄いなぁ、こいつにはかなわないなぁ、と思ったプログラマーって居る?」と聞いたことがある。
誰とは言わなかったけれど、一人だけいる、と石黒は言った。
「その人は何が凄いの?」
「いや、コード見てわかるんですよ。書いている奴が、食事しているときと寝ているとき以外は、ずーっとプログラム書くか勉強しているかのどっちかだってことが、コード見てわかるんですよ。それも十年以上、そういう生活をしているのが、わかるもん。すげーなぁと思いますよ。そいつ一人だけですよ。」