大きなリスクを取ったゆえの勝利。深浦さんおめでとう!!!

深浦さんが二年連続で羽生さんとの激闘七番勝負を制し、王位を防衛した。羽生七冠ロードに沸く中、それをひとまず阻止してタイトルを防衛した今日の第七局は、深浦さん生涯の一局と言っていいだろう。
人生には大きな大きな勝負がまれにあるけれど、この第49期王位戦七番勝負は、深浦さんにとってそういう勝負だった。相手はとんでもない強敵で、敗れれば無冠となる勝負。しかも、故郷・佐世保での第四局の勝利のあと、竜王戦挑戦者決定トーナメント、第五局、第六局と、対羽生戦三連敗を喫して迎えた第七局である。木村、大山、中原、谷川、羽生といった同時代の王者を相手に、こうした大勝負に敗れ、二度と再びタイトル戦に登場できなかった棋士は数多い。そこを乗り越えての勝利は、深浦さんを、将棋史でみたときに、間違いなく、一つ上のステージの棋士に引き上げたのだろうと思う。
本シリーズは、7月14日から始まってひと夏かけての長丁場だった。第二局を豊田市に観戦に行ったのがはるか昔のことのように思える。
第二局、第三局、第四局、第七局が、深浦勝利局であるが、深浦さんは、このシリーズで勝ったすべての将棋で、積極果敢に大きなリスクを取っていた。この王位戦のひと夏を思い返したとき、そのことが鮮やかによみがえってくる。
第二局は、羽生の問題提起「2手目△3二飛」で始まった「未知の将棋」において、

深浦は時間を投入し慎重に駒組みを進めると、最も激しいとされる大決戦を選んだ。自信がなければ指せない順で、羽生の挑戦を堂々と受けて立ってみせた。奪った飛車を羽生陣に打ち込み、初日から早くも終盤の様相を呈してきた。(週刊将棋7/30/2008)

という激しい戦いを選んだ。ただ、その結果は必ずしも大成功とは言えず、一時は劣勢になった末の逆転勝利であった。
第三局も、中盤で深浦優勢となった場面で、

△3三玉からの入玉含みで先手の攻めを余せるかどうかが控室の検討の中心だったが (週刊将棋8/6/2008)

そこで「△3三玉からの入玉含み」ではなくて△6六銀と踏み込む方を選んだ。ここからの7手が、熾烈な攻めあいで、△4八龍で、羽生陣に詰めろがかかった。「△4八龍(108手目)が詰めろでは負けです」が羽生の感想だった。
第四局は、優勢になった瞬間の▲9二銀が強く印象に残る。

「急がず指すなら▲2二飛△3一飛成▲2六飛成。先手が相当に負けにくい形だ。ところが驚愕の一手が飛び出した。▲9二銀!」「意表の空間に銀が放り込まれると、終局近しを思わせた。あまりにも鮮やかな銀捨てだったからだ。羽生玉の薄みを見事に突いた手で、粘りは難しいはず。そのまま一方的な決着になるかと思われた。」(週刊将棋8/13/2008)。

しかしその後、

「数手進んでみると周囲の評価は一変。挑戦者の正しい応接に、勢い良く攻めていた流れはピタリと止められいかにも変調。深浦優勢どころか、挑戦者の逆転かの声までも出始めていた。羽生の猛追に形勢は混沌。」(同)。

とあるように、リスクを取って攻め込んだ結果は、第二局同様、あまり芳しいものではなかった。
しかし、「▲2二飛△3一飛成▲2六飛成」でやや優勢のゆっくりした戦いに入るのを嫌い、あえて深浦さんは▲9二銀という激しい戦いを選択し、二転三転はしたけれど、「▲2二飛△3一飛成▲2六飛成」という戦いに入るのとは異質な将棋になったのだった。
中盤でかなり優勢になって、ゆっくりと指せば負けにくい形ができたにもかかわらず、そこから急流のように、どうしてそんなふうに指さなければいけないの、と周囲がいぶかるような「勢いのある攻め」の手を指して(当然、反動があって、それはこわい)、さらに形勢は盛り返されたりもしたのだけれど、最後はぎりぎりで勝った。
どの将棋も、対手の問題提起に対して、まったく逃げずに激しい戦いを選んでいた。その結果、一度は難解な局面を迎えたり、はっきり羽生有利になったりもしたが、最終的には深浦が踏み込んで勝つ、という流れになっていた。激流の中を二人で泳ぐような、最後は直感が勝負のカギを握り、最後までどちらが勝つかわからないような、そんな「難解な終盤戦」の読み比べを、二人の対局者は志向していた。
今日の第七局も、一日目の▲7七銀(35手目)という羽生の問題提起に対して、深浦は大きなリスクを取って「ぎりぎりの攻め」に出て、そこから一気に激しい終盤戦に突入し、丸一日以上にわたり、終局まで難解な戦いが続いた。
総じて思うが、このシリーズでの深浦勝利の理由は、勝負所で積極果敢に大きなリスクを取ったことに尽きるように思う。
冒頭で、羽生七冠ロードを「ひとまず阻止」したと書いたが、90年代半ばの羽生七冠ロードは足掛け三年にもわたって続いた。羽生が保持したタイトルを防衛し続ける限り、七冠ロードは何年も続く可能性がある。

羽生さんに二年続けて勝たないと、「本物の王位」を名乗らせてはもらえないんですね。

羽生さんの王位挑戦が決まったとき、深浦さんはこう言っていた。
これで正真正銘の「本物の王位」。
深浦さん、本当におめでとうございます。