「負けられない」戦いこそが感動を呼ぶ

第66期A級順位戦六回戦、▲谷川浩司九段−△佐藤康光二冠を早朝からネット観戦。
結果は谷川勝ち。ここまで五連敗の佐藤二冠、一勝四敗の谷川九段。これは誰も予想できなかった推移である。二人の不世出の名棋士の「負けられない」戦いに今日は大きな注目が集まったわけだが、六回戦でこれだけ盛り上がるということは、もうそれだけで、二人は今期順位戦の大功労者である。
今年から朝日・毎日共催になった名人戦順位戦だが、開幕直前に受けた朝日新聞のインタビューの中で、僕はこう答えた。

 「大山十五世名人の晩年のA級順位戦の戦いも忘れられない。大名人がA級から落ちそうになった90年の最終局は、仕事の合間をぬって将棋会館に見にいきました」
 ――いずれも人生がかかった対局ですね。
 「お金ではなく、棋士のプライドと序列をかけた順位戦に最も魅力を感じる。1人6時間の持ち時間で朝10時から日付がかわるまで、体力と知力をふりしぼる苦しさにしびれる。野球でも頂点を決めるワールドシリーズより、『負けられない』一つ前のチャンピオンシップが一番面白い」

「どちらが勝つか」の名人挑戦を賭けた将棋より、降級を賭けた「負けられない」将棋ほど面白いのが、順位戦の醍醐味である。降級がかかった大山の将棋は人々の感動を呼んだ。「新聞に掲載しない発言」として記者の方と、「絶対そういうことにはならないだろうけれど、A級を落ちたことのない名人経験者の羽生、佐藤、谷川のうちの誰かが降級にからむ展開が、きっといちばん盛り上がるのでしょうね。最終の九回戦が羽生・谷川戦だから、まさかそこにどちらかの降級がからんだら本当に大変なことになるでしょうね」と話したが、今期はまさにそういう展開になっている(ちなみに羽生は五勝一敗で挑戦権争い)。
これで六連敗となった佐藤も、佐藤より順位が下の一勝五敗の行方八段と七回戦で、同じく一勝五敗の久保八段と八回戦であたるから、まだ自力残留ができる。七回戦では、二勝四敗同士の藤井九段と谷川九段がぶつかるから、どちらかは二勝のまま八回戦に進む。
一月から三月の七回戦から九回戦までの戦いには、最後まで目が離せなくなる。名勝負がきっといくつも生まれることだろう。