勝又六段の素晴らしい自戦記

名著「最新戦法の話」(勝又清和著 浅川書房)の著者、勝又六段の自戦記が素晴らしかった。
この人は本当に文章がうまい。構成力にすぐれているだけでなく、自戦記の味、つまり将棋を指した当事者でなければわからない感覚をうまく言葉に表現している。構成力、構造化能力は、数学科出身というバックグラウンドで鍛えられたこととあいまった氏の持ち味であろう。
12月12日から18日まで産経新聞に七回連載されたもの。第79期棋聖戦二次予選の対谷川九段戦である。憧れの谷川九段相手の初対局で、勝又六段が金星を上げた一局である。
観戦記の重要性、面白さを少しでも知ってもらいたいと思うので、少し抜書きする(いわゆる引用の基準を超えているのは承知しているが、著作権者の産経新聞ならびに勝又六段にはお許し願いたい)。

午前3時に目が覚めた。布団の中で、この日までの年月を思い出す。
 昭和58年、僕が奨励会に入ったときの名人戦加藤一二三名人対谷川浩司八段だった。21歳の名人誕生をどれだけ興奮して見ていたか。あれからもう24年か。一度は教えてもらいたい、という夢がきょう(11月13日)叶うのだから、寝られなくてもしようがないな。
 現実感がないまま家を出たが、盤の前に座って目が覚めた。まずい、威圧される。盤に対峙して谷川先生を見るのは初めてだが、あまりにもかっこいい。見たらダメだ。(第一譜)

▲5五香が打たれた時に初めて優勢を意識した。これは△4六桂を防いだだけの、力のない手だから。
 ついに優勢になった。勝ちを意識し、緊張が緩んだ。こういうときが一番危ない。そして、やはり間違えた。(第四譜)

対局中だけはしてはならない「後悔」が頭の中を占領する。指してしまったことは忘れろ、と脳に命令しても働かない。これでは攻め合って間違えると判断し、予定変更で受けに回る。(中略)
あっという間に我が城が崩壊していくさまに恐怖心が走る。しかし、ここでようやく攻める手が見えた。(第五譜)

「光速流」の寄せのすごさは何度も見て、書いてきたが、実際にやられると全く違う。鉄壁のはずの銀冠が、すぐに詰めろが掛かる形に。これは1三のマス目をつぶした効果で、端の味付けが一流の芸だ。このスピード感は、盤の前に座っていなければ分からないと知った。
 負けにしたかと思ったが、相手の駒台を見て気持ちを奮い立たせた。ここまで後手に攻めのいとまを与えぬために、激しく歩を消費し、もう1歩しか残っていない。(中略)
ところが、先手も▲2四飛と王手してから▲4二金ときた。あっ、1歩足りない。(第六譜)

次の最終譜を読みながら、僕も少し泣きそうになった。嬉しかったろうな。おめでとうございます。

投了の瞬間、思わず泣きそうになった。棋士になって13年目、通算勝率5割そこそこで鳴かず飛ばずの僕が、あこがれの谷川先生に勝つなんて。このうれしさと満足感は、一体何に例えたらいいだろうか?
 感想戦後の帰り際、対局室のある4階に中原誠十六世名人が現れた。勝者が上がる対局ボードに、僕の名前が上がっているのに気づき、「ほう、勝又君が勝ったのかね。それは驚いたね」−得意のセリフで僕を見て笑った。先生、僕が一番驚いていますよ。(第七譜)