海外に住んでも母国語中心に生きること

シリコンバレーに移って約一年という若い友人と話をしていて、ウェブ進化とグローバリゼーションの結果、海外に住んでいても「情報についてはネット」「食材などのリアルな物についてはグローバル物流」のこの十年の異常なまでの発展によって、「海外に住む」ことの敷居がおそろしく低くなっていることを感じた。海外にいても、望めば一日のうちのかなりの時間を母国語で過ごしながら生きていくことが容易になったのだ。これは日本に住むアメリカ人、インドに住むフランス人・・・皆、同じではないかと思う。
たとえば、mixi上のベイエリアのコミュニティの中には5,000人近い人がいる。育児コミュニティもあったりして、日本語で助け合いながら育児をやっている。グルメ好きな日本人たちが集まり、こちらで美味いと評判の店を貸切にしてしまうようなこともけっこうあるという。
僕が初めて一年間サンフランシスコに住んだのは1991年から92年のこと。15年前で、当時はネットがまだなかった。家で妻とはもちろん日本語で話すが、テレビで一日30分だけ日本のニュースを見るのが、日本の情報との唯一の接点で、日本の会社とのやり取りもFAX。Skypeなどないから、高価な国際電話で日本の上司や同僚と話をするのはよほどのときだけだった。日本の情報に飢え、日本語で誰かと話すことに飢えていた。
でも最近は、iChatを日本の実家とこちらの食卓で開き、西海岸の夕食と日本の朝食の時間のタイミングを合わせて、皆で「一緒に」食事する人もいるんだってね。テレビ会議ならぬテレビ食事だ。どこのどのシステムをどう使うのかは聞きそびれたが、日本のテレビも全部リアルタイムでネットで見られるようにして暮らしている若い日本人もけっこういるそうだ。また親や親戚がかなり頻繁に、グローバル宅配便で日本でしか手に入りにくい食材やら(ときには漫画やらビデオやら・・・)を送ってくれるという例も多いらしい。いろいろな意味でのチープ革命の恩恵で、日本に近い環境が海外にも作りやすくなっているのだ。「修行」だとでも意識しないと、あえて日本語環境を断絶することはできないのだろうし、わざわざそんなことする必要ないじゃない、ともっと軽やかで自然に、皆、日本に住んでいたときに近い環境をまずセットアップするのだろうな。新しいPCを買ったときのように。
ウェブ人間論」で平野啓一郎さんがこんな問題提起をしていたのを思い出した。

平野 インターネットによってグローバリゼーションが進むとよく言われるけど、一面では逆に一人の人間のナショナリティは強化される方向に向かうのではないかと思ったことがあるんです。パリにいた時、向こうにいてもヤフーのニュース動画とかネット版の新聞のおかげで、日本で今何が起こっているかというのを、リアルタイムで簡単に知ることができたんですね。でも何十年も昔に留学などでパリに行った人は、日本でだけ共有されてる体験から否応なく切断される分、フランス社会との同化のスピードが早かったんじゃないかという気がします。共同体の構成員って、神話であれ、歴史的事実であれ、日々の事件であれ、出来事を共通の記憶として所有していることが一つの原初的な条件だったわけですけど、それが、テレビの電波と出版物とで国家の単位にまで拡張された後に、とうとう国境を越えることになった。フランスにいても、僕の知っている日々の情報と、フランス人たちが知っている日々の情報との間には国境が引かれている。情報そのものは世界中から閲覧可能でも、それを読めるのは主に日本人ですから。その国境は、そのまま、僕と彼らとの間に引かれたものだという感覚を持ちました。
梅田 そうですね。僕などはアメリカに十二年住んでいますが、昔の人が日本から切断されて十二年生きたのに比べたら、アメリカ社会への同化の程度は低いと言えるでしょうね。(p32-33)

この先、話を僕が別の方向に転じてしまったので、この話はここまでで終わってしまった。対談というのはお互いが反射神経で言葉を発するので、話題がどんどん色々な方向に進む面白さもあるのだが、あとになってから、ああここではもっと相手の話を受けてその話を深化させたほうがよかったなと後悔するのだが、この部分などはそのひとつ。
「グローバリゼーションが進むと英語の必要性が増すとよく言われるけど、逆に日本語だけ使えれば、どこにいても日本人と助け合いながら、日本人とだけ付き合いながら何とか日本語だけで生きていけるという感覚が、これから強まっていくのかもしれませんね」とでも返答していたら、どう話は発展していただろう。そうふと思った。