今日の短編(14) 堀江敏幸「レミントン・ポータブル」

「河岸忘日抄」を読んでから、堀江敏幸の小説と評論と紀行とエッセイが一体になったような静謐な文章を、好んで読むようになった。
「河岸忘日抄」を読んでいた去年の今頃、「ぐずぐずして何もしないでいられる時間」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050806/p2
と「無為と待機」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050810/p1
でこの本について触れた。その後「河岸忘日抄」は読売文学賞を受賞する。
「『河岸忘日抄(かがんぼうじつしょう)』 ためらいも決断の集積 」
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20060201bk07.htm

住まいに近いセーヌ河畔を歩いていたら船が浮かんでいる。あの中に入ったらどうなるだろう。小説はそこから始まった。
 「書く前は、船にいる男の人の話ということだけしか決まっていませんでした。船の中のことも全部想像で書いたので、実際とは違っているかも知れません」
 繋留(けいりゅう)された船を借りて暮らす〈彼〉は、古いレコードに針を落とし、本を読み、訪ねてくる郵便配達夫とコーヒーを飲みながら語り合う。たゆたうような日常は、一面お気楽な高等遊民を思わせるが、その向こうではイラク戦争へ続くきな臭い時間が流れ、それに対する真摯(しんし)な〈彼〉の思索が続く。
 「今の世の中で、完全に隠棲(いんせい)することはありえない。横で進んでいる世界の動きがあれば、普通に書いていることの中にも、自然に入り込んで来る」
 「彼はためらっているけれど、うじうじしているわけではない。ためらいとは小さな決断の集積であり、常に動的なことだと僕は思っています」

堀江敏幸「レミントン・ポータブル」

郊外へ (白水Uブックス―エッセイの小径)

郊外へ (白水Uブックス―エッセイの小径)

所収。