若島正・新訳「ロリータ」(ナボコフ)

ロリータ

ロリータ

若島正が2005年8月4日の日記(http://www.wombat.zaq.ne.jp/propara/diary.html)でこう書いていた。

6月から7月にかけて、ナボコフの『XXXX』(公表していいのかどうかわからないのでまだ伏せ字)の翻訳にかかりきりになっていたが、本日ようやく初稿が完成。やれやれ。11月末に刊行予定ですので、それまでお待ちを。
 7月の最後には、毎年恒例の研究室泊まり込みを1週間やった。こうでもしないと仕事がはかどらないからやむをえないが、それでもやはりナボコフ1日30枚というノルマはきつい。朝起きてから晩寝るまで、ただひたすらナボコフを考える。しかしそれにしても、これはとんでもない大傑作であることを思い知った。この小説は、今まで間違いなく5回以上は通読しているのだが、それでも次から次へとと頭をひねる箇所が出てくる。いったいわたしは、今まで何を読んでいたのだろうか。実際に翻訳してみると、己の読み方がいかに杜撰なものであったかを知って、愕然とする。
 たいていの小説なら、終わりに行くにしたがってどんどん楽になり、翻訳もはかどるのだが、これはまったくそういうわけにはいかず、最後まで難度が落ちない。凄い凄い。それで気がついたのは、この小説の山場が、実は日本語に翻訳不可能であること。これには泣きました。しかし泣いてばかりでは仕方がないのが、翻訳者のつらいところだ。

『XXXX』は「アーダ」か「ロリータ」のどちらかだと思って11月を待っていたが、果たして「ロリータ」であった。
若島正は約二年前の2004年1月13日の日記に、

 もしかすると、この1カ月ほどのあいだに、わたしのこれまでの人生において最大の出来事が起こったのかもしれない。ホンマカイナという驚きもあるが、なるべくしてこうなったという気分もあり、不思議なことに興奮はない。
 かつては途方もない夢想でしかなかったものが、昨年くらいから突然に可能性としてぼんやりした姿を取りはじめ、この1カ月ほどでバタバタと収束して現実になった。その感じは、ちょうど詰将棋を作っているときに似ている。どんな奇抜なアイデアでもいいから、とにかくそれが実現した場合の理想の手順と形をまず思い描くこと。創作のコツはそれに尽きるので、理想像さえ思い描けば、それが実際に盤の上で実現してしまうことをわたしは経験で知っている。それと同じことが、抽象パズルではない現実世界に起こったわけで、わたしはよほど運がいいのかもしれない。
 ただ、これはまだ設定の話で、理想の舞台が整ったというだけのことにすぎない。その上で、どんな理想のものを作り出すかという作業はこれからの話だ。自分で言うのもなんだが、今からあれこれと作戦を練っていると、楽しくて仕方がない。これから1〜2年ほど、すべてを賭けてひたすら没頭してみたい。

と書いているが、おそらくナボコフ長篇の若島正個人新訳全集という企画で、「ロリータ」がその第一弾なのではないだろうか。もしそうであれば、何よりも嬉しい。
さて、肝心の若島新訳の「ロリータ」であるが、翻訳でこれほどまでにナボコフの世界を「感じる」ことができるのか、という新鮮な驚きに満ちた素晴らしいものである。感動した。

乱視読者の帰還

乱視読者の帰還

若島正は「乱視読者の帰還」の中で、こんなことも書いている。

従って、ここに集めた文章はすべて未来の仕事のための助走である。いつの日か手がけることを夢見ている、「アーダ」の翻訳と、そのコンパニオン・ピースとしての「アーダ」論のための。

次は「アーダ」であろう。
同じく「乱視読者の帰還」のあとがきで、若島正は自らの人生を振り返り、こう書いている。

十歳のころ、詰将棋という麻薬にとりつかれた。二十歳くらいまでは、数学に熱中し、数学者になることだけを夢見ていた。二十歳のころに、初めてペーパーバックで小説を読むおもしろさを知った。さらに三十歳のころ、ナボコフに出会い、それから次第に世界がナボコフ色に染まっていくのを体験した。四十歳のころに、詰将棋からチェス・プロブレムに転向し、すっかり深入りして足が抜けなくなった。そして五十歳にもうすぐ手が届くという今、気がついてみると、わたしの世界はナボコフとチェス・プロブレムだけになっていた。それはそれで仕方のないことだと思う。

十代の頃、将棋や数学の純粋な美しさに魅せられた人はきっと多いだろう。僕もそういう中の一人だった。でも、棋士や数学者になれる才能の持ち主はほんのわずかで、普通の人は皆、二十代以降、世の中に何とか折り合いをつけながら生きていく。
しかし、若島正のこの短い文章は衝撃的だった。自分の「あり得なかったもう一つの人生」を彼が歩んでいるようににも思ったし、彼の生き方の純粋さが、将棋や数学の純粋さそのままであることにも心を打たれた。
2005年11月20日の日記には、

ひどい腰痛で、この2週間ほど苦しんでいる。夏休みに集中的に仕事をした、そのときのツケが今頃まわってきたのか。座ってから立ち上がると激痛がするので、椅子に腰掛けることができず、それで仕事ができない。

と書かれているが、彼にしかできない新訳の仕事がこれから山のようにあるはず。五十代、六十代、七十代と、元気で新訳を大量生産して、ファンの期待に応えてほしい。