情報の伝播の新しさと、それを苦々しく思う人たちの存在

東京から帰ってきました。時差ボケで午前2時半に起きてしまいましたが、僕の場合、3時から4時の間に起きることもあるので、東京から戻ったあとの時差解消は比較的容易です。
仕事最終日の金曜夜は、フォーサイト・クラブのセミナーをやりました。僕は滅多に一般向けの講演をしないので、ひどく緊張しました。聴衆にかなりばらつきがあり、しかもどんな人たちなのかがわからず、500人が対象というのは、講演慣れした人ならば軽く流せるのかもしれませんが、真剣に対峙しようとするとけっこうエネルギーがいるのです。集中しすぎてしまったみたいで、終了後は疲れ果てて、新潮社の人たちとの打ち上げではあまり食べられず、かえってご心配をおかけしました(もうだいぶ元気になりました)。本欄読者の方もずいぶん多く東商ホールに足を運んでくださって、有難うございました。
それでびっくりしたのは、ふらふらになってホテルに帰ってみたら、つまり講演終了から3時間後くらいですね、もう講演ログがネット上にアップされていたことです。
http://d.hatena.ne.jp/pekeq/20050916/p1
「会場にノートPCを持ち込んでメモを取っている人たちが何人もいましたねぇ、こんなことは今までの講演会ではなかったですよ」が、終了直後の主催者側の感想だったわけですが、その中の一人が、こんなに精緻なメモをほぼリアルタイムで取って(帰りの電車の中で推敲し)、すぐにネット上で公開されるとは、間違いなく「想定の範囲」外だったでしょう。しかも三連休中に「はてなブックマーク」の人気エントリーのトップに上昇して、
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/pekeq/20050916/p1
講演内容についてのかなり正確で精緻な情報が、連休が明けるまでに、かなり広く伝播しつつあるわけです。
もちろん講演者が僕であるから、「こうしたことが行われるのを絶対に許容するだろう」という「読み」があっての公開だろうし、実際にその「読み」は正しいわけですが、閉ざされたエスタブリッシュメント世界の住人たちにとっては、きっと大きなサプライズに違いない。いろいろなところで全く同じ講演をして稼いでいる人とか、たくさんいるからねぇ。
こんなことやられたら困ると、主催者側に文句を言うだろう講演者も間違いなくいるだろうし、ひょっとすると次のセミナーからは、主催者側が、講演開始前の注意として「携帯の電源をお切りください」だけでなく「この講演内容をBlogで公開するのはご遠慮ください」なんて話になってしまう可能性はあります。
このあたりの話は、当日のテーマとも深く関わるわけですが、「二つの世界の断絶」をよくあらわしている難しい問題なのです。
厳密に言えば、「講演者が許容すればそれでいいのか? 主催者に許諾を判断する権利があるのではないか?」なんて議論だって出てくる可能性があります。ただ実際には、こんな些細なことに対しては、そんなふうに色々なことがギスギスしていくケースは少なく、講演者である僕が許容して、主催者側に「面白いでしょ、こんなことが起きるんですよ」と話せば(このエントリーを、帰国してまもなく、日本の連休が明けるまでにと、今書いているのは、そういう意思表明を早めにしておくほうが混乱が少ないだろうからという意味も少しある)、まぁだいたいは収まっていくだろうというのが常識的な判断だと思います。日本では「空気」で物事が決まっていくので、その「空気」の醸成が大切だからです。
さて、講演に来てくださった方々からたくさんのトラックバックをいただきました。いちいちここで紹介しませんが興味ある方はたどって読んでみてください。
その中でも、「古い感覚を総動員した理論武装
http://d.hatena.ne.jp/ktdisk/20050919/1127109571
というトラックバックは、僕が日々日本企業を相手にしての仕事でいちばん苦しんでいること、せっかくばらつきのある聴衆だったのでこの機会にどうしても言っておきたかったことを、うまく抽出してくださっています。僕は講演の中で、

一つ前の世代の仕事でいちばん優れた仕事をしていた人たちが、次の世代で最も厄介な存在になってしまう。ここにパラドックスがあって・・・

と話しました(ただ、パラドックスという言葉は、ふっと話しながら口をついて出たもので、正確な言い回しではないかもしれません)。
そしてその「一つ前の世代の仕事でいちばん優れた仕事をしていた人たち」は、「一つ前の世代の仕事に没入し、新しい世代について無知な人たち」だけを意味しておらず、一つ前の世代の組織において新事業やら新技術やらを担当し、「旧世代組織の中で、新しい世代について最も詳しいと認知され、信頼されている人たち」なんかも含まれるところが、問題をより難しくしています。
ただ、皆さんからのトラックバックを読んで、そういう問題の根の深さだけでなく「その解決の周辺に新しい挑戦機会もあるのだ」ということを感じてくださった聴衆もいたようなので、やった甲斐があったかなと思いました。
以下はあくまでも思考実験にすぎませんが、たとえばフォーサイトという雑誌が、僕の講演をきっかけに今ネット上で起こっている情報の伝播を精緻に分析し、行われつつある議論の中から「読むべき内容」を次号の紙面で抽出・編集し、「二つの世界の橋渡し」の役割を果たそうと企図し、逆に雑誌の人気が上がっていく、そんな「正のサイクル」が生み出されると、Win-winの関係が構築できるわけです。現実にはなかなか難しいことではありますが。