若島正「乱視読者の新冒険」

乱視読者の新冒険

要するに、わたしは約束事の決まっている探偵小説の読み方なら知っていたが、なんのルールもない普通の小説はどう読んだらいいのかまだ知らなかったのだ。今のわたしだと、探偵小説を読むように普通の小説も読めばいいとわかっている。つまり、小さな細部が大きな意味を持つ可能性を秘めているということを知っている。「天花粉」に魅せられたように、一つの言葉に心奪われるのが小説の読み方だと知っている。(p6)

わたしのアイデンティティというものが仮にあるとするなら、それはわたしの眼に映るこうした無数の作家たち、そして彼らが描いた無数の登場人物たちのアマルガムによって成り立っている。それはわたしにとって、べつに悲しむべき自我の喪失でもなんでもない。読書というものは、本質的にそのようなものだと思うからだ。読書のたびに、わたしの自我は知らないうちに更新されていく。それは、知識を蓄えたり成熟したりするということとはまったく無縁だ。そこにはただ、不断の更新があるだけなのである。(p221)