堀江敏幸

中央公論 11/04 文学的近況 雪国の奇蹟 

日々の反復のなかで蓄積されたなにかが偶然の作用でとろとろと溶け出し、受け身が結果として積極的な意味を持ちうる無意識のトランスになりたいとつねづね願っている私は、こういう状況になるともはや断ることができない。言いたいこと、書きたいことはきっと身体の中に眠っているのだろうけれど、それは仕事が終わった段階でしか見えてこないのだ。なにかが起こるまでの長い待機に耐え抜く意志と、それを禁欲的ではなしにだらだらつづけて飽きないある種の鈍さを備えた人間こそ物書きと呼ばれうると考えている者として、その理想に少しでも近づくために、一日一日を「緊張感のあるぼんやり」のなかで過ごしたい。鈍さはこの経験とともにさらに鍛えられ、なにかをかならず呼びさましてくれるのだ。(p312)

数多くの偶然と、偶然を引き寄せるために費やした濃密な無為の、待機の時間が、この作品集のなかにはつまっている。それをごく私的な意味あいにおける「奇蹟」と呼んだとしても、咎められることはないだろう。(p313)