「やめること」を先に考えよう

さあ来年は何を始めようか。そう考えるのではなく「何をやめるか」を先に決めよう。それも自分にとってかなり重要な何かを「やめること」。
それが「来年の抱負」「今年の抱負」を真に意味のあるものにするための最重要ポイントだと思う。新しく始める「何か」を決めるだけでは、できない場合がほとんどだ。
「時間の使い方の優先順位」を変えないと、新しいことを始める時間はなかなか捻出できない。とにかく「やめること」を決めなくちゃいけない。
僕にとってのここ数年は、かなり新しいことへと舵をぐっと切った時期だった。JTPAを始めたこと、たくさん勉強するようになったこと、若い人たちとばかり会うようになったこと、ブログ(CNET Japanから本欄)を始めたこと、はてなに参画したこと・・・。
こうした新しいことのすべては、僕の本業である「MUSE Associatesのコンサルティング事業」で「もう新しい仕事はいっさい取らない」と数年前に決めた(これが僕にとって最も重要な「やめること」についての意思決定だった)結果、実現したことだ。この「やめること」の意思決定がなければ、何も変わらなかったろうと思う。
それ以前の自分にとっての「時間の使い方の優先順位」としてかなり上位に来ていた「新しい顧客の開拓・獲得」「そのための営業活動」「そのための人とのつながりの維持」・・・。そういうことに、自分の貴重な時間を、いっさい使わない決心をしたことが、すべての始まりだった。その「始まり」がなければ、何も「新しいこと」ができなかったろうと思う。
以来、講演依頼や執筆依頼やミーティング依頼は、どんないい場所での講演や執筆であろうが、会う相手がどんなに偉い人であろうが、何も考えずに瞬時に断るようになった。そして「自分より年上の人とは、顧客以外、原則として会わない」と公言できるようになった。
それで生まれた時間を、自分が新しい・楽しい・面白いと自然に思える方向に、本能のおもむくままに振り向けていった結果が、今になったのである。
「さて来年こそは何か新しいことを始めよう」と考えている人は、「やめること」を先に考えよう。そっちのほうがうんと難しいからだ。

入門篇・ネット時代の「知的生産の技術」(1): 最近の情報フロー

これから「知的生産の技術」的な話をときどき書くことにしようと思う。
ネット上の道具が次々と新しく用意されるので、「知的生産の技術」もそれにあわせて日々チューニングさせていかなければならない。
2005年末時点での「情報フロー」をまとめておこう。
(1) 英語圏IT・ネット関連サイトは、RSSリーダーでまず眺める。
http://r.hatena.ne.jp/umedamochio/
今日現在で71個登録してある(けっこう厳選してあるつもり)。エントリーごとに更新されてどんどん溢れてくるRSSリーダーだと20個くらいが適正かなぁと最初思っていたが、慣れるとかなり増やしても大丈夫だということがわかってきた。出張中もRSSリーダーの新規分だけは、ぱっぱと眺めておく。
WSJやNYTといったニュースサイトに行かずとも、大切な記事は、登録してある複数のサイトで言及され、そこからたどればよいので、商用ニュースサイトの巡回はあまりしなくなった。発見した面白いBlogはもちろん都度RSSリーダーに登録する。
(2) はてなブックマークの「最近の人気記事一覧」と「注目の記事一覧」と「お気に入り登録してある20人強によるブックマーク」と、日本語圏用RSSリーダー(現在60個登録)で、日本語圏を眺める。
http://b.hatena.ne.jp/hotentry
http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=hot
http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/favorite
http://r.hatena.ne.jp/umedamochio/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E/
(3) (1)(2)のプロセスで、気になったエントリーはタグをつけて、はてなブックマークに放り込んでおく。週に一回くらいは、ブックマークしたものだけをまとめて眺める。
http://b.hatena.ne.jp/umedamochio/
ポイントは、RSSリーダーからブックマークまで、僕の「情報フロー」と全く同じ流れを誰でも体感できるよう、その全部が公開されていること。どうぞ自由にお試しください。
それでなるほどこういう「流れ」なのかということがわかれば、あとは巡回したいBlogを自分のRSSリーダーに登録し、巡回したいBookmarkerを自分のブックマークの「お気に入り」に登録し、自分用のブックマークを作れば、自分用の「情報フロー」が出来上がる。やってみるとわかるが、こうやって手作りで、自分にとって大切な情報源を新しい道具にぶち込んでいくだけで、雑誌や新聞のような予めパッケージされたメディアに依存しなくても、自分用にパッケージされてそこそこ読みやすい情報を、日々自動的に受け取ることができる。そしてそのプロセス全体がネット上に公開されるから、知人とシェアするのが実に容易になる。
以上、ネット・リテラシーがそれほど高くない同世代の友人向けの入門的エントリー(1)でした。
追記: このエントリーをブックマークした人の中に、「おっさん」というタグをつけた人がいて、笑った。

グーグル成功の秘訣は高度な技術開発(産経新聞「正論」12/28寄稿)

一般読者向け「2005年ネット世界日米総括」的な文章です。

グーグル成功の秘訣は高度な技術開発
ネット産業の日米格差を直視せよ

≪IT産業の世代交代進展≫
 二〇〇五年はインターネット十周年の年であった。米ネット列強とも言うべきヤフー、アマゾン・コム、eベイは一九九五年に創業され、皆、創業十周年を迎えた。

 それから遅れること三年、一九九八年にシリコンバレーで創業されたグーグルは「世界中の情報を整理しつくす」というビジョンのもと、情報発電所ともいうべきインフラを構築した。圧倒的成長によって一気に一九九五年創業組を抜き去り、ネット時代の覇者に躍り出た。

 時価総額は十兆円をはるかに超え、グーグル以上の時価総額を有する日本企業はトヨタ自動車だけになってしまった。グーグルの創業者二人は一九七三年生まれ。三十二歳である。

 一方、PC時代の覇者・マイクロソフトは、創業三十周年を迎えた。五十歳になったビル・ゲイツは、夫人やロックグループU2のボノ氏とともに、米タイム誌が選ぶ「今年の人」に選ばれた。しかしそれは事業の達成ゆえではなく、莫大な私費を投じての慈善活動が評価されたからだ。

 マイクロソフトはもう業界の挑戦者ではなく、米エスタブリッシュメント社会の一員となった。IT(情報技術)産業における世代交代が、米国では確実に進展しているのである。

≪成熟度で明暗分けた05年≫

 さて目を日本のネット産業に転ずれば、ライブドア・フジテレビ問題と楽天・TBS問題でにぎわった一年だったといえよう。ライブドア堀江貴文氏、楽天三木谷浩史氏が「時の人」となり、表面的には米国と同じような世代交代が進行しているようにも見えるが、その内実は日米で大きく違う。

 洋の東西を問わず、株式市場はネット企業の成長性に期待し、高株価をつける傾向にある。それはネットの可能性が大きいからである。しかし、新しく生まれた技術のインパクトが大きすぎる場合、産業・社会全体がその技術の本当の意味をわかるまでに、十年以上の歳月をかけての試行錯誤が必要となる。

 その過程で、過剰な期待とその期待には容易には応えられない現実との間にギャップが生まれ、バブルが生成され崩壊する。二〇〇〇年には日米ともに厳しいITバブル崩壊を経験したが、それから五年が経過し、再び市場の期待が膨らんできた。

 二〇〇五年は、その期待にどう応えようとするかという一点において、日米の違いが如実に現れた年だった。

 日本のネット列強たる楽天ライブドアは、いまだ中途半端な達成しかできていないネット事業をそのままに、旧産業の代表格たるテレビ局を併合しようと動いた。市場からの期待に応えるには、自らのネット事業を強靭なものにしていくだけではダメで、売り上げ・利益をしっかりと上げる確実な事業を持つ旧産業を取り込んで融合するしかないと判断したのである。

≪情報インフラ構築が勝者に≫

 一方、米ネット列強は圧倒的な技術開発力を武器に、斬新なインフラを構築するグーグルに刺激され、「ネット産業は、ITを利用し早い者勝ちでサービス展開すればいいという代物ではなく、高度な技術開発で道を拓くべき産業なのだ」という認識を新たにし、技術投資に邁進(まいしん)するようになった。「技術投資が極めて重要」という機運が産業界全体に再び生まれ、大学での技術開発やベンチャー創造も大いに活性化してきたのだ。

 ちなみにグーグルの検索エンジン技術は、二人の創業者がスタンフォード大学に在学中に開発したもので、大学がこの技術の特許を持ち、グーグルに使用を認める見返りに、グーグル株を取得していた。スタンフォード大学はその株式を二〇〇五年に市場に放出し、売却益は四百億円に上った。この資金は、再び、基礎研究や高等教育へと還流していくのである。

 こうした違いは大きく、このままいけば五年後、十年後に、さらにその差が広がってくるに違いない。

 「IT革命」とか「情報スーパーハイウェイ」といった言葉は、バブル崩壊後に死語となった。物理的なITインフラたる「情報スーパーハイウェイ」を構築すれば「IT革命」が達成される−九〇年代には常識だったこの世界観が誤っていたからだ。

 本当に大切なのは物理的なITインフラよりも、情報(I)インフラだった。そのことを証明し、マイクロソフトに代わってIT産業の盟主に一気にのし上がりつつあるのがグーグルである。そしてグーグルという怪物を生む環境こそが、シリコンバレーや米国高等教育の底力なのである。