「プロへの道」(深浦康市著)

深浦王位の新刊が出たので、早速取り寄せてみたところ、想像していたのとまったく違う内容で、はあ、なるほどこれが深浦流の「プロへの道」の表現の仕方なのかと唸った。そして眺めてみればみるほど、ストイックな深浦さんらしい、いい本である。

プロへの道

プロへの道

「プロへの道」というタイトルから、将棋のプロを目指す少年少女たちに向けてその道を究めていく厳しさや心構えのようなものを説きながら、彼の最近の将棋観や将棋の未来についても語る部分(最前線シリーズの要約版)がついた本を、勝手に想像していた。
しかしこの本は、深浦さんがまだ佐世保に住んでいた少年時代の、10歳でアマチュア三段のときの棋譜とその解説から始まり、19歳でプロになるまでの間に主に奨励会で指した将棋62局の棋譜が時系列で順に並べられ、トッププロになった現在の視点から、それぞれの将棋のポイントが解説されている本である。
むろんその合間に、深浦さんのエッセイや、深浦さんの育ての親で恩人とも言うべき佐世保の川原潤一さんという方のエッセイが「読み物」として挿入されているが、本書の根幹はこの62局の棋譜によって、それも弛まぬ努力をし続けた十年間の成長の軌跡という形で、アマチュア三段(10歳のとき)とプロ棋士(19歳のとき)の違いを、表現しようとしたことだろう。

今、改めて昔の棋譜を並べるとちょっとしたところが少しずつ違ってきているように思います。(はしがき)

構想力や力をためる技術が、棋力によって様変わりしているのが分かるからです。(同)

王位になった深浦さんは「プロへの道」という本を書くチャンスを得たときに、あえて一般受けするような本ではなく、本当に「プロを目指す人たち」に向けて書こうとした。その試行錯誤の末に、普通の人から見たときに将棋がおそろしく強い人としてくくられるアマチュア高段のプロの卵、将棋の天才少年たちの一人が、切磋琢磨するうちに「ちょっとしたところが少しずつ」変わっていく過程を、自分の成長の記録たる棋譜の連なりによって表現することになったのである。そしてそれが同時に深浦さんの「青春の書」となった。
本書は決して「親切な本」ではない。「プロへの道」というテーマで、口当たりのいい「親切な本」は、「読者をわかったような気に(できるような気に)させる本」は書けないんだ、というのが深浦さんの結論だったのだろう。
あるようでいて、これまでに、こういう将棋の本はなかった。そして、だからこそ、これこそ深浦康市、という一冊なのだと思う。