Googleの圧倒的パワーがシリコンバレー生態系に与える影響

インスタント・メッセージング「Google Talk」のリリースに続いて、9月には「Google Finance」というサービスが登場するhttp://www.siliconbeat.com/entries/2005/08/24/next_up_google_finance.html
という噂である。近々4,000億円強の大金を調達するし、さらにパワーアップしていくに違いない。

"I'm surprised at how fast the company's reputation is changing."

とは、PayPal創業者Max Levchinの言葉だが、これほどの圧倒的一人勝ちというのも歴史的にみても滅多にあるものではなく、シリコンバレーにはGoogleへの嫉妬と羨望の思いが渦巻いている。まあ嫉妬と羨望ゆえの誹謗中傷が飛び交うくらいならまぁ大した話ではないのだが、シリコンバレーという生態系の中で異常なスピードで巨大に発育したGoogleが、その生態系全体に影響を及ぼし始めている。それゆえの「評判の変化」なのだ。
ニューヨークタイムズの「Relax, Bill Gates; It's Google's Turn as the Villain」
http://www.nytimes.com/2005/08/24/technology/24valley.html
は、そんな観点から読むとよく理解できる。
まず人材獲得競争におけるGoogleの積極的姿勢と強さである。

Internet start-ups in Silicon Valley complain that virtually every time they try to recruit a well-regarded computer programmer, that person is already contemplating an offer from Google.

シリコンバレーのインターネット・スタートアップが欲しいと思う一級のプログラマーは、たいていGoogleからのオファーを考慮している。よって獲得するには、Google以外の会社だと高額年俸を提示せざるを得ないというような循環が起きて、人件費が急上昇していく。ソーシャルネットワーキングのLinkedInのCEOがこうぼやく。

"Google is doing more damage to innovation in the Valley right now than Microsoft ever did," said Reid Hoffman, the founder of two Internet ventures, including LinkedIn, a business networking Web site popular among Silicon Valley's digerati. "It's largely that they're hiring up so many talented people, and the fact they're working on so many different things. It's harder for start-ups to do interesting stuff right now."
Google, Mr. Hoffman said, has caused "across the board a 25 to 50 percent salary inflation for engineers in Silicon Valley" - or at least those in a position to weigh competing offers. A sought-after computer programmer can now expect to make more than $150,000 a year.

Reid Hoffmanともあろうものが「Googleは、かつてのマイクロソフト以上に、シリコンバレーイノベーションに悪影響を及ぼしている」なんて言うのかぁ、と驚くけれど、確かにこんなに人材コストがかかっては、ベンチャーは苦しい。いずれまた詳述するが、シリコンバレーの起業コストが高騰しているのは、グローバル競争という観点から、シリコンバレーという地域にとっての大問題である。
次に、ネット・ベンチャーの資金調達が苦しくなっているという指摘だ。シリコンバレーには投資資金は十分に余っているから、純粋にカネが足りないという問題ではない。ネット・ベンチャーがVCに行くと、

Why couldn't Google do what you're doing?

と聞かれてしまうと言う。実はこれが答に窮する厳しい質問になってしまったのだ。
普通、10兆円近い時価総額の公開企業になると、独自開発で投入するのは超大型製品・サービスだけで、トライアルっぽい新しい製品やサービスの開発力は落ち、そこは高株価と有り余る資金を活用して補い、新分野が投資に足る領域に育ったところでベンチャー買収によって技術と事業を取り込んでいく。ところがGoogleは、図体が大きくなっても、新しいサービスを独自に次々と迅速に開発できる組織を持っており、市場シェアを買うというような発想は全くなく、よほど技術的にすぐれた会社でない限り買収しない。だから、この問いに対して、「全力疾走して、Googleに買収してもらいます」という最近の常識的答えが、正解にならないのである。
つまり答えは、たとえば

"The answer is, 'They could, and they're probably thinking about it, but they can't do everything and do it well,' " Mr. Donato said. "Or at least I'm hoping they can't."

という弱々しいものとなってしまうのだ。
むろんこれは極端な事例で、筋のいいベンチャーにはどんどん投資が回っている。でも先ほど出てきたLinkedInも含め、Exit Strategyが描きにくくなっていることは確かである。
「しかしそこは反骨精神の地・シリコンバレーのことだ。Googleを超えるベンチャーが現れるはず・・・」と口で言うのは簡単なのだが、シリコンバレーにおけるGoogleの圧倒的存在感と隙の無さ(研究すれば研究するほど、この会社は独特だと痛感する)を見るにつけ、もっと強気でなければやっていけないはずの起業家たちがこの記事の中で口にする「ちょっと情けない言葉」に、「そうだよなぁ」とふと共感してしまうのも事実なのである。