花村萬月

父の文章教室 (集英社新書)

しかもはなから働く気がない父です。もとより金銭的余裕などあるはずありません。出産費用はおろか、その日の食費にも事欠くような生活を送っていました。
予定だと数日後には出産というあたりまできて、楽天的な母もさすがに不安になってきたのです。母は「ねえ、正男さん。いくらなんでも、そろそろ出産費用をなんとかしていただかないと・・・」と哀願したのです。
そうしたら父は大きく頷き「よし。金をつくってくる」と言い、ドヤの三畳間からでていき、それきり、もどりませんでした。(略)
正直に書きます。他人事ではありません。血なのです。私も同じような情況に追いつめられたとしたら、おそらく逃げ出すでしょう。そんな自分がありありと見えるのです。(p47-51)