Econophysics
日経衛星版 12/30/04 広告企画 第3回エコノフィジックス・シンポジウム
経済現象に関連した人間の活動は非常に複雑だが、情報の量は実はそれほど多くのない。近い将来、パソコン一台に地球上の詳細な経済データが入るようになる。そのようになった時、どのような手法で何を見て、どう行動したらよいかを研究するのがエコノフィジックスといえる。(高安秀樹)
統計物理学が経済とリンクすることにより、いままで個人的なレベルの経験的事実として認識されてきた経験則が、客観的なレベルの法則として認知されるようになってきた。(H・E・スタンレー)
経済物理学は金融工学と違って、経済現象がランダムといっているのではなく、イベント間の相関関係に焦点を当て、「ランダムではない性質がある」といっているのだ。(H・E・スタンレー)
経済物理学の狙いは客観的な経済情報から合理的に何が読み取れるかをはっきりさせることだ。一方、経済学は「人はこう考えるはずだ」というある種理想論的な理論に基づいて論理構成をしていると思う。(高安秀樹)
「エコノフィジックス応用の最前線――第2回研究会の成果から」(高安秀樹)
http://www.phys.human.nagoya-u.ac.jp/~ynakamura/misc/econophysics_sympo/
高安秀樹のエコノフィジックス講座
http://www.kansai-cs.com/econophysics.htm
物理学の視点から経済現象を見直してみるといろいろと新しいことが出てくるかもしれないという期待は、これまでのところ裏切られていない。まだ社会の要求に直接答えられるほど研究は発達してはいないが、(略) 幾つかの非常に基本的な発見や新しい視点が議論され、既存の経済学や金融理論の問題点も浮き彫りになってきている。
新しい研究分野はそれほど頻繁に生まれて来ているわけではないので、ひとつの分野の誕生に立ち会うことができたことは研究者として大変幸運であると感じている。(略)
エコノフィジックスの研究テーマは現在のところ大きく分けて二つある。それは、市場価格の変動と会社のサイズ分布である。前者では、そもそも市場価格はなぜ不安定で時に非常に激しい変動をするのだろうか、また、どのような統計性がなりたっているのだろうか、先読みは可能なのだろうか、などの問題に対する答えを追求している。後者では、会社の大きさや成長率、あるいは、所得の分布などのデータを解析し、かなり普遍性の高い法則性を確認してきている。
当初うまくいっているように見えた金融商品が破綻し、投資顧問会社や金融機関が大きな損失を出していることはニュースが伝えている通りである。これは、たとえて言えば、物理法則のまだ確立していない時代に永久機関や錬金術を夢見て人生を棒に振った無数の人達と同じ失敗を繰り返していることに他ならない。今の金融市場に欠けているのは、実践をする以前に、まずあらゆる過去のデータを詳細に分析し、現実を忠実に反映した経験則と理論とを確立するという実証的な科学の姿勢である。エコノフィジックスが狙っているのは、まさに、そのような科学としての経済現象である。
出来上がった科学は理路整然として客観的な構成になっており、科学とはそういうものだという印象を持っている方も多いだろうと想像する。私自身、以前はそう思っていたが、科学の最先端に近づくと状況が一変した。それまでを見通しのいい舗装道路だとすれば、突然、前人未到のジャングルの中を進む探検家のようになってしまったのである。
統計物理学は、固有のダイナミクスに従うミクロなものが無数に集まった体系のマクロな特性を調べる学問分野だ。原子・分子の運動から圧力や比熱などのマクロな物性を求める研究が代表例といえる。しかし、70年代のカオス、80年代のフラクタルのブームを通して研究対象はあらゆる科学に広がった。研究会では90年代の研究を総覧するような報告が中心になった。
その報告の代表的なキーワードを並べると、DNAやタンパク質、血管の構造、分子モーター、粉体、小惑星の分布、地震、インターネットの情報流、株価の暴落、素数の分布、人間の集団運動、磁性流体、脈拍の揺らぎ、山林火災、石油の採掘など実に幅広く、聞いているほうは頭の切り替えが大変だ。
20年前の研究者が最先端の研究のために使っていたスーパーコンピュータ以上の機能を持つコンピュータが今はパソコンになり、誰でも買えるようになっている。しかも、あらゆる分野の情報はデジタル化され、無料のインターネットのホームページという形で、あるいは、CDなどの有料のサービスで無尽蔵に蓄えられている。高校生の好奇心がゆらぎの法則の発見につながったことに象徴されるように、今は、誰にでも科学の大発見のチャンスはあるのだ。パソコンをお持ちの方は、この際、趣味としてデータマイニング(膨大なデータの中から宝探しをすること)を始めてみてはどうだろう?
私は、経済が混乱している現状は、18、19世紀の熱に関する科学と技術の混乱した状況に酷似していると考えている。当時は、熱素というありもしない保存する元素を仮定した理論や技術が展開したり、その一方で熱素に疑問を持ち一攫千金を夢見て永久機関を作ろうと人生を無為に費やす人が多数いたということである。料理や暖房など、熱は誰にも身近なものであったが、科学の対象としてきちんとした研究がなされ、その正体がわかるまでにはおよそ200年かかっている。今の経済は、需要と供給が均衡して安定するという現実には起こりえない理論を基礎としている一方で、投機というギャンブルが個人の人生を棒に振るのみならず、世界経済の背骨にあたる外国為替をも牛耳っている。熱の場合には、エネルギー保存則とエントロピー増大則が確立してできることとできないことが明確になり、熱機関の研究が大きく前進し、さらには自動車のような発明にも至った。経済の混乱を根本的に解決するためには、まず第一にお金に関する基本的な性質を実証的な形できちんと研究して、基礎法則を確立することである。基礎的な性質がわかれば応用研究はほっておいてもいくらでも進展する。物質やエネルギーや情報に対しては組織だった科学的な基礎研究が行われているのに対し、お金、特に巨額なお金の動きとゆらぎに関する科学的な基礎研究はまだほとんど0に近い状況にあることこそが、経済というバーチャルな世界が混迷を続けている根本的な原因なのである。
高安氏のこのエコノフィジックス講座は、1999年に日経サイエンスに8回にわたって連載されたものらしい。面白い部分だけのノートを作るのが難しいほど、全文、抜群に面白い。あわせて、日本経済新聞社「やさしい経済学」(2000年2月21日-28日全7回 by 高安秀樹)
http://www.kansai-cs.com/yasasii-keizaigaku-page.htm
も読むと面白い。最後に「新聞に掲載されなかった幻の原稿」というのもついている。
毎日コツコツと勉強を積み重ね、いつの日か難しい理論を理解できるようになる、ということを目標に勉強をする人が多い。これは、科学を作る立場を無視した貧しい発想に基づいている。(略)
科学とは未知の世界の探検とその地図作りである。(略)
未開拓だったところにも地図ができてくると、誰でも簡単に行けるような道路が作られ発見の足跡を簡単にたどる事ができるようになる。その道路の役割を担うのが本や教科書である。明治以来の日本人が学んできたのは、この出来上った道路の部分としての科学なのである。
経済現象における発見を科学の地図に書き込もうとするとき、ブレーキになるのは発見が個人の利益と直結することが多いため、結果を公開しない傾向が強いことである。このような状況は、19世紀、熱力学が出来上がる前、永久機関の研究に多くの人が熱中していた時代を髣髴とさせる。(略)
エコノフィジックスの展望(「数理科学」2002.10 by 高安秀樹 PDF)
http://www.saiensu.co.jp/sk-editors/472/200210.pdf
第2章「エコノフィジックスのツール」
第8章「今後の展望」
- 情報の世界を最大限活用したような新しい通貨システムと流通システムの構築
金融市場局ワーキングペーパーシリーズ2003-J-2 金融機関の資金取引ネットワーク(PDF)
http://www.boj.or.jp/ronbun/03/data/kwp03j02.pdf