「将棋を観る」啓蒙に人生を賭けた金子金五郎の原点

古書店昭和17年刊行の「将棋錬成 名局を語る」(金子金五郎著)を入手して読み始めたが、じつに面白い。
金子金五郎、四十歳のときの作品である。
私塾のすすめ」の座右の書三冊というコラムの中でも書いたように、金子はこのあと、昭和二十五年(48歳)から昭和六十一年(84歳)まで「近代将棋」に将棋解説を書き続けることになるのだが、この「将棋錬成 名局を語る」という本の序文に、金子が後半生の人生を賭けることとなる啓蒙のビジョンが明確に記されている。序を転記しておく。

現在の将棋愛好者は二様の楽しみを持っている。一つは闘はすことの悦びで他の一つは将棋を観る楽しみである。そして観る楽しみの最上なるものは棋譜といふ高段者の作品を鑑賞することであらう。
私は徳川時代の一文化として咲いた御城将棋といふ古名局棋譜に就いて語った。
読者が之によって古典的な将棋の持つ醍醐味を満喫して頂くことが出来れば私の目的は果されているのである。
更に読んで下さった人々が、之によって将棋を鑑賞するの態度を領得せられ、御自身が闘はす場合、闘中に鑑賞の清閑有りといふ態度を持たれる機縁ともなれば、私の悦びは一ツ加はることになる。
何故ならば、将棋を健全に娯楽するには闘はす将棋の外に鑑賞するの一面が不可欠と信ずるからである。


昭和十七年二月十五日 シンガポール陥落の日
八段 金子金五郎