ボナンザVS勝負脳 (保木邦仁、渡辺明共著)

本書を読み終えて、現時点では渡辺明(23歳)という若き竜王だけが、「コンピュータと戦う」それも「一度限りではなく、コンピュータをも真剣に将棋を戦う相手と認識した上で、長期間、お互いに切磋琢磨しながら戦い続ける」という未来を、自分の人生におけるきわめて重要な問題として、本気で自分の問題として考え抜いている棋士なのだ、ということを痛感した。ボナンザとの真剣勝負を終えて、渡辺はそういう時代に生まれた宿命を受け入れ、コンピュータと最後まで戦う決意を固めたように思える。上の世代の棋士にはない切迫感と責任感が、本書の渡辺の言葉の端々から感じられるのだ。
第三章に収録された「ボナンザ開発者・保木と渡辺明との対談」はかなりの緊張感をはらんだものだ。ドキリとしたのはまずはこの部分。保木がこぼした本音

保木 おそらくタイトルホルダーの竜王や名人より北陸先端科学技術大学院大学の飯田先生(弘之・プロ棋士六段)にコンピュータが勝つほうがずっと難しいでしょうね。

に、竜王である渡辺はかなりカッとしたのだ。

渡辺 へえ、そんなことがあるのですか。
保木 やはりコンピュータのことを知り尽くしていますから。原理的に何ができないということを知っているので。
渡辺 できないことがあるというのは確かなのでしょうが、そういうところに山を張って失敗したら、かえってひどいことになるような気がします。

誤解をおそれずに言い切ってしまえば、開発者・保木よりも渡辺のほうがずっと真剣にコンピュータの強さや可能性を評価し、その上で、人間の代表として戦うのは俺だと、そして俺はそう簡単に負けないぞと思っているのだ。コンピュータの手の内を知っているくらいの「自分より弱い棋士」ではなく、自分のようなトッププロこそが、将棋界を、人間を代表して、コンピュータと真剣に戦い続けなければいけないのだ、そういう時代が来るのだと、腹をくくっているのだ。
それはあとで出てくるこんな発言からもうかがえる。

でも私が対戦相手を選んでいいのだったら、コンピュータを知り尽くした新四段よりは羽生さんを出します。やはり新四段では不安ですよ(笑)。仮にコンピュータを知っていても、勝負は生き物だから、準備しておいたコンピュータ対策と違うことをされて、それが無駄になってしまう可能性があります。(中略) それなら実力の強い人に戦ってもらったほうがいい。

第二章「コンピュータとの対決」(渡辺の書き下ろし部分)が本書の中ではいちばん面白いが、詳細はこの本を是非読んでください。渡辺は第二章をこう結ぶ。

人間代表が敗れる日が来るかもしれない。たとえそうだとしてもその日を1日でも先延ばしできるよう、自分自身の技術を磨いておかなければならないと私は思っている。
ボナンザの実力は一発勝負ならプロに勝つ可能性が十分にあるレベルには達している。もし仮に竜王戦のランキング戦の一番下位である6組に参加する機会を得ることができたらどうなるか。毎年戦っていれば何局かに1回くらいはプロに勝ててもおかしくない。同じように他の公式戦もすべて参加することが許されて、年間30局くらい戦えば何人かはたぶん負かされるだろう。
ただし、それでそのまま人間を超えたということにならない。コンピュータに厳しい表現をすれば、竜王戦6組で優勝争いにからむ戦績を残せるようになって、はじめてプロレベルに並んだといえる。6組の参加者が勝ち抜いて私の持つ竜王位に挑戦するには十数連勝はしなければならないのだ。
コンピュータは確かに強くなった。でもトッププロに迫るにはまだかなりの時間がかかると私は予想している。

渡辺は、保木のようなコンピュータ・ソフト開発者に対し、トッププロという相手の手の内を研究し(むろんトッププロも真剣にソフトの手の内を研究する)、ソフトを改良して頂点を目指す真剣勝負を本気でやる気概はあるのか、あるのなら俺は受けて立つぞ、と宣言しているのである。一回勝負で勝つとか負けるの話ではなく、実力紙一重の将棋の天才たち(これまでは人間だけ)の一人として、頂点は誰なのかを決めるシステムの中に入って、本当に最後まで戦い続ける気があるかと、渡辺は問うているのだ。そしてそう問い、そう問うたことの責任を全うすることが、これからの棋界を背負う第一人者の仕事だと認識しているのである。素晴らしいと思う。