「東大のこと、教えます」(東京大学総長 小宮山宏)

この本の帯に「読むと勇気がわく話 全55問」とあるように、編集部が用意した「なかなか答えにくそうな面白い質問」に、東大総長・小宮山宏がかなり本気で本音で答えている本である。この本は若干僕も関わりがあるので、僕の褒め言葉は割り引いて読んでいただいてもいいですよ、と最初にお断りしておくけれど、本当に面白い本である。
何が面白いかといえば、何より、小宮山宏が「天然」っぽい面白さを発散しているということである。読んでいて僕でも「あれっ」と思うところがときどき出てくる。「こんな本当のことを言っていいんだっけ」と思う箇所によく遭遇するのだ。僕も日本で教育を受けて三十過ぎまで日本に住み、日本企業とビジネスをやり、どっぷりと日本社会に浸かってきたわけで、昨日のエントリーのようなことは、けっこう意を決して書いているわけだけど、小宮山宏はすいすいとそういう心理的障壁を乗り越えていく「天然」っぽい「おっちょこちょい」な人なのである。そこがいい。いい人が東大総長になったなと正直に思う。
東大総長といえば「大変な権威」である。普通の人なら、「こういう質問はやめてくれ」と質問を穏便なものに差し替えさせたり、質問に対して本音で答えずに官僚答弁のような返答を返す。ところが小宮山宏は、そういう発想を全く持たないのである。編集部に聞いても、質問の変更依頼は全くなく、勢いでしゃべってしまったことに後から加筆修正を加える量も圧倒的に少なかったのだそうだ。「東大総長ともあろう大変な権威が、(活字になって残る)公式の場でこんなにカジュアルに本音を語ってもいいなら、俺だって・・・」という感じで、日本社会(あるいは日本企業)でも「仮に重い役職についていたって、この程度のことは本音で語ってもいいんだよ」という「リファレンス・ポイント」として、この本が「ある種の標準」になってほしいと思うのだ。そのためにはこの本がたくさん売れて、小宮山宏の「天然」ぶりが人々の話題にのぼり、皆の気持ちが楽になるというようなことが起きてくれなくちゃいけない。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」

出版社 / 著者からの内容紹介
「受験テクニックで東大に合格できますか」「なぜ日本にはグーグルが生まれないのですか」「東大の卒業生が専業主婦になったら、もったいないと思いますか」など、一問一答形式で語る。「東大にしかできないことがある」「東大がニッポンを変える」「東大だってお金がほしい」「[番外編]東大総長の胸のウチ」「特別対談 小宮山宏vs梅田望夫」で構成。

とあるように、この本の最後に「特別対談 小宮山宏vs梅田望夫」(--- 「梅田さん、東大の先生になりたくない? 」)が掲載されている。小宮山さんが、本書の中の55問のうちの一つ「経営者で、東大教授にスカウトしたい人はいますか」という問いに、あろうことか僕の名前を挙げてくださったのがきっかけで話が進み、「プレジデント」新春号誌上で対談することになり、その内容(プラスアルファ)がこの本に含まれることになったのである。その対談を前にして、小宮山先生の東大での教え子の一人から「小宮山先生とミーティングすると、みんな元気になって帰ってくる。そういう人ですよ」と言われていたのだが、お会いしてまさにその通りの方であった。
僕は、東大教授なんて柄じゃないし、他大学からのお誘いをお断りするときと同じように「いやそれだけのエネルギーがあれば、全部ネットに向けますよ」というような返答をしたのだが、その回答を聞き、気を悪くされるどころか心から面白がってくださっているのがわかり、楽しい気分になった。
ところで今朝、別の大学のビジネススクールの教授からメールが届いた。

昨日のチャット(というのか)はすごかったですね。私もチャットに少し参加したのですが、初めてだったので目が回りそうでした。
しかし以前メールをいただいたときに書かれていたように、大学院で教えたりするより、ずっと大きなインパクトがあると感じました。

と書いてくださったのだが、僕はこれからも在野に居続けて、他の人達とは全く違うアプローチで、僕にできることを僕らしくやっていきたいと思っている。でもエスタブリッシュメント社会の「大変な権威」を体現した人の中に、小宮山宏のような「天然」な人が一人ずつでもゆっくりとでもいいから増えて、日本が風通しのよい社会になっていくことも、合わせて大いに期待したいのである。