出でよ、平成の金子金五郎(=将棋解説者)

スーパー源氏」で買えなかった金子金五郎の著書を求めて、東京でほんのわずかあいた時間を使って神保町の棋書専門古書店に行った。結局集めることができた金子金五郎の著書は、晩声社からまとめられた金子将棋教室全三巻(①大山升田、②大山中原、③中原米長)、弘文社の「名人戦名局集」、そして極めつけは、昭和24年朝日新聞社刊の「塚田名人升田八段五番勝負」で、全部で五冊となった。
日本から帰国してからは暇さえあれば将棋盤の前に坐り、金子金五郎の名解説を読みながら棋譜を並べる毎日だ。それで今日は「塚田名人升田八段五番勝負」を並べながら至福のときを過ごしていたわけだが、戦後の将棋ブームを反映しているのか、この本は本当によくできている(ただ時代のせいだけにするのも芸がない。本というものは編集者の情熱でどんな時代にも名著は生まれる。浅川書房を見よ)。五番勝負のそれぞれが、文学的観戦記(なんと第三局は梅原龍三郎だ)に続いて、金子金五郎による詳細な将棋解説(一局あたり30ページ以上)という構成で語られ、巻末には塚田と升田による随想(エッセイ)があり、その後ろには加藤治郎を交えた塚田升田加藤の鼎談。そして最後に加藤治郎による総括と、一冊(五局で270ページ)でおなか一杯の本当に素晴らしい本だった。
現代のタイトル戦だって、少なくとも歴史に残る名勝負だけでも(本当はすべてのタイトル戦にと言いたいところだが)、こういう本が一冊ずつ作られるべきだと思う。
先日、観戦記について本ブログで「新聞社の将棋担当者への提言: ネット上に長い観戦記を」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20061216/p1
という文章を書き、それを巡って神崎七段、片上五段、遠山四段のブログと交流して意見を交わしたが、この「塚田名人升田八段五番勝負」を読み思ったのは、観戦記と将棋解説は分けて考えてもいいということだ(むろん一体となった将棋文学という考え方でもいいが)。少なくとも昭和24年当時の朝日新聞は、観戦記の依頼とは別に、金子金五郎に「長いページ数」を渡して、思う存分、将棋解説を書かせたのである。
しかし、棋譜を並べながら読めば読むほど、金子金五郎の将棋解説の腕の冴えに感嘆する。最近は、金子金五郎の解説を読みたくて誰の将棋でもいいから並べるという完全な倒錯状態に陥るほどの金子金五郎中毒で、金子の文章の力、一局の将棋や一手の指し手を語る論理性や棋士の心中分析に、心から魅了されている。
以前から変わらぬ僕の論点は、ネットには新聞と違って、文章量と比例したコスト的制約はないんだから、ネット上にその環境さえ用意すれば(仮に原稿料を支払ったって印刷コストはかからない)、切磋琢磨の中から、きっと素晴らしい将棋解説者が生まれるに違いない、ということである。ベテラン棋士からであれ若手棋士からであれ指導棋士からであれ在野の将棋強豪からであれ、現代の金子金五郎は生まれるに違いない、ということだ。
そしてそれは、必ずや将棋の魅力を広く伝える役に立ち、将棋普及の裾野を広げるに違いない。
出でよ、平成の金子金五郎!!!