王位戦第二局: 尋常ならざる将棋

21日から22日にかけて有馬温泉で戦われた王位戦第二局(羽生善治王位対佐藤康光挑戦者)
http://www.kobe-np.co.jp/46oui/
を並べてみたが、何やら尋常ならざる雰囲気を感じた。まだ観戦記も読んでいないし、棋譜だけからこの将棋の根幹を見極める実力も僕は持っていないが、何やら不穏なものを感じる将棋である。これまでの将棋の常識を超えて、勝者・佐藤康光の駒が自由に盤上を舞っているような気がした。まだ誰も、この将棋の裏にこめられた佐藤康光の構想やそれを支える将棋観について解明していないのではないだろうか。
淡路島で観戦した棋聖戦第三局を「互いに軽く構えあった後に組み合った瞬間には、先手のほんのわずかな隙ゆえに、実はもう勝負がついていた、そういう将棋だった」と書いた
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20050716/p3
が、実はこの王位戦第二局も、棋聖戦第三局以上に、常識的には誰の目にもそうは映らないけれど、そんな将棋だったのかもしれないと思った。
渡辺明竜王のBlog
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/
ではこの将棋についてこんな言及がある。

神戸新聞にて王位戦第2局1日目を観戦。序盤早々に飛が1二に行くのは初めて見ました。飛先の歩が切れて先手ペースと思いましたが現局面は2筋を逆襲されそうなのが気になります。後手に苦労が多い展開ではありますけども。勝負は明日ですね。

王位戦第2局は午後の早い時間帯に終局して佐藤棋聖が勝って2−0としました。封じ手の段階では駒がぶつかっていませんでしたが羽生王位が仕掛けて一気に激しくなりました。昨日書いた2筋からの逆襲を嫌っての仕掛けだったのでしょうか。以下は佐藤棋聖が受けに回る展開になりましたが最後は反撃を決めて快勝。しかしあの局面で投了とは対戦相手の佐藤棋聖も驚いたのではないでしょうか。両者持時間が残っている中盤戦でやたらと手が早く進んだのと合わせて不思議でしたね

とある。渡辺竜王も指摘するように、序盤早々(10手目)に飛車が1二に行くのは新手で、これは佐藤棋聖の序盤の新構想だったのだ。以下、この将棋についていちばん詳しい解説が読める「せんすぶろぐ」から。
http://2.suk2.tok2.com/user/sensu/

王位戦第2局が始まりました。いきなり、異形の将棋になっています。
 まず後手の佐藤棋聖中飛車模様。最近、勝率の低下が著しいような印象がある中飛車ですが、どうやら工夫があったようでいきなり6手目、角交換の一手損。(略)
さらに、△2二飛(結局、角交換向飛車)と構えるのですが、そこへ羽生王位は▲7七角。普通は△3三角打と思いますが(先手から角交換をしないのであれば、先手は壁銀の分、損だと思う)、なんと△1二飛。手損して、飛車が端に移動し、さらに先手に飛車先交換を許します。私は言葉を失いました。

これが本局の佐藤構想に対するおそらく常識的な感想である。そしてさらに、

その後も飛車が1一から2二を経て2三に移動(2手損)、左銀が3三から4二に後退(2手損)。角交換の手損も合わせると5手損!

という将棋になっていく。だから渡辺竜王も「後手に苦労が多い展開」と表現している。しかし神崎七段のBlogでは、
http://www2.diary.ne.jp/user/53924/

まだ序盤なのに、1二に居た飛車が2三に移動とは、まるで見たことのない将棋。
升田先生の棋譜を連想。
好みが分かれるところだと思うが、どちらかというと角が手持ちのほうを持って、一生懸命に陣形を直してゆくほうが私は好み。

が一日目での感想。つまり後手・佐藤を持ちたいという感覚。駒音掲示板に書かれたコメントもあわせて参考になる。

手損になり、かつ利かされたけど角を使わせて作戦を限定させたという佐藤さんの主張、角を使ったけど2筋の歩を交換して手損をさせて作戦勝ちが見込めるという羽生さんの主張。という意味で、あの時点では折り合っていたのだと思います。

つまり佐藤構想の範囲内だったということなのだろうと思う。ここまでが一日目。そして、二日目の総括で同じく「せんすぶろぐ」は、

昨日の時点で早くも「先手の勝利は間違いなし」と思っていた私ですが、おかしかったのですかね。自分では、必ずしも封じ手時点の形勢判断が不合理であったとは思えないのですが、将棋は羽生王位の仕掛けに上手く対応した佐藤棋聖が、先手の歩切れを衝き、勝利。2連勝です。
 年に1回くらいは起承転結がはっきりしない将棋がトップレベルでも発生することがあるのかもしれないのですが、この将棋はその1回なのでしょうか。理解できないことが多すぎます。

と書いているが、佐藤構想の「将棋の構え方」ゆえの勝利だったのではないかと思った。
渡辺竜王がいう「両者持時間が残っている中盤戦でやたらと手が早く進んだ不思議」の意味を是非、羽生四冠の感想を含めて、観戦記では解説してほしいと思う。むろん詳しく調べていくと、「せんすぶろぐ」の結論

実質飛車落ちのまま王位戦2連勝。これは佐藤棋聖が強かったのか、羽生王位が滅多にないほど不出来だったのか、私には後者ではないかと思える

に至るのかもしれないが、棋聖戦のときに強く感じた佐藤康光の気力の充実ぶりから考えると、何やらもの凄く面白いことが将棋の世界で始まっているような期待を抱いてしまう。
佐藤棋聖は今年の夏、羽生善治四冠を相手に既に棋聖戦五番勝負、王位戦七番勝負を戦っていて、そして29日の王座戦挑欠で勝てば、王座戦五番勝負も羽生・佐藤の対決になる。淡路島での佐藤棋聖からは、超一流棋士としてのプライドを賭けて、この十二番勝負ないし十七番勝負を戦い抜き、現代最強の棋士・羽生に必ず勝つという気力が横溢していた。
久しぶりにPC上のソフト上で並べるのではなく、六寸盤と座布団を引っ張り出して、正座して、この将棋や淡路島での将棋を一手一手並べてみた。将棋への情熱が蘇ってくるのを感じて、とても嬉しかった。
さて26日は棋聖戦最終局。29日は王座戦挑戦者決定戦。そして8月2-3日は王位戦第三局。充実・佐藤康光の戦いぶりを見つめていきたい。