はてなの食欲

高度成長期の日本企業のように、はてなは隔週で土曜日全員出勤の会社である。ちなみにフレックスタイム制度なんかもなく、必ず朝は全員集合して立ったままで打ち合わせを行う朝礼の時間がある。id:jkondoが朝型人間で夜は比較的早く帰るので、ネット系企業では「夜が早い会社」と言える。そて、それはさておき。
先々週の土曜日の夕方、僕は成田に着いたわけだが、その土曜日は出勤日。土曜にも出勤しているはてなの皆に何かご馳走しようと思い、id:reikonに「皆、好きなものを好きなだけ食べていいから」ということで店を選んでもらって、皆と二ヶ月ぶりに再会した。会社の近くの豆腐料理の店であった。長旅の疲れと時差がある僕の体調を気遣って、豆腐料理などというヘルシーな店を選んでくれたわけだが・・・。しばらくして、何となく皆の身体(特に開発陣だな)から「物足りないよう」という湯気というかオーラみたいなものが、その豆腐料理店の個室に立ち込めはじめているのを感じた。上品で一品一品のサイズは小さめで身体にやさしい料理である。id:reikonの気遣い通り、僕はそういうのをちょっとずつ食べて、皆と話して、元気を回復していったが、特に開発陣にはぜんぜん足りないのである。肉がないとダメなのである。
「物足りないよう」オーラを察知してメニューを取り寄せ、コース料理に加えて「何でも注文していいよ」とも言ったのだが、ほとんど肉料理のメニューがなく、皆、遠慮していたということもあり、会は自然と散会となった。それぞれの自転車で豆腐料理屋から家に帰っていく後姿を見て、これはアメリカに帰る前にもう一回やらなくちゃなと思った。
先週木曜日は、午後すべてをはてなの時間にしてオープンエンドで戦略打ち合わせだったので、「何時になるかわからないけれど終ったら今度は豆腐じゃなくて焼肉にいこう」と伝えておいた。その日の朝礼でのid:jkondoの言葉は「今夜は焼肉なので、それまで一日頑張ろう」だったらしい。打ち合わせを終えて9名で焼肉屋に向かった。
とりあえず、ロース、カルビ、はらみ、タンなどを取り混ぜて20人前注文したが、鉄板の上に誰かがざぁーっと新しい肉をのせると、焼けるか焼けないかのうちにどんどんなくなっていく。「食べ放題」で好きなものを好きなだけ食べていいというルールで始まった宴会ではあるが、もう途中で何人前注文されているのかを数えることも諦めた。ただ皿数はどんどん進むのに、僕にはなぜか満腹感が押し寄せてこない。観察してみると、僕がもうそろそろ食おうと思って楽しみにしている肉はどれも、「よく焼ける寸前」で誰かが食べてしまうのである。あんまり食べていないというのが腹一杯にならない理由であった。当たり前の話だ。
皆が冷麺や白飯を食い始めた頃、「皆、もう注文はこれでいいの?」と聞くと、皆、腹を押さえながら、もう満腹だという。そう、腹一杯でないのは僕だけなのである。そうか。ならばそろそろいい肉を注文するか、ということで「特上カルビ」を2人前注文した。満腹のはずの皆の目の色が変わるのを見て、僕はその焼肉屋で満腹になるのを諦めた。最後の肉も、どんどん皆の腹に収まっていった。
三年半前に京都で創業されたはてなは、ユーザが毎日使っているこのダイアリーやアンテナや人力検索のシステムや何やかやのサービスを朝から晩までフルタイムで開発してきたわけではない。企業からの受託開発で日銭を稼ぐという仕事を平日の昼間にしながら、休みの日や受託開発の合間の時間をやりくりしながらサービスを構想しては開発して作り込み、そんなやり方で10万人以上のコミュニティを運営するまでに発展してきた。しかも去年夏にid:naoyaが入るまで、開発陣はid:jkondoを含めてたった三人であった。インサイダーの僕が言うのも何だが、正直なところ僕はそのことに畏敬の念を覚える。そんな会社はシリコンバレーにもない。
最近いろいろなインタビューでid:jkondoid:kawasakiが話しているように、はてなはもう受託開発は卒業し、サービス開発へのシフトをこれから思い切り進めようと考えているわけだが、食欲旺盛のはてな開発陣が作りたいものを思い切り作る、つまり、焼肉屋で目の前にある肉に向かっていった食欲と同じだけの開発欲を発揮するだけで、相当面白いことになる。戦略やビジョンはそれから考えればいい。それが僕が焼肉屋で得た教訓であった。